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三つ子の魂

「三つ子の魂百まで」

 

よく聞くことわざですね。

 

幼い頃の性格は、年をとっても変わらない

 

という意味は、

 

皆さんご存知だと思います。

 

間違った例として

 

三つ子の魂百までだから、幼い頃から

 

語学を身に付けさせる為に英会話へ

 

通わせよう。といった

 

幼い頃に習った事や覚えた事には

 

用いないそうです。

 

さて、幼い頃の性格は年をとっても

 

変わらないそうですが、

 

性格ってなんでしょうね?

 

ウィキペディアでは、

 

性格とは、その者の性質を表す。

 

人だけとは限らない。と書いてあります。

 

性質を表す。

 

性質ってなんでしょうね?

 

性質とは、生まれつきのたちを表す。

 

また、その事物の特徴。と書いてあります。

 

なるほど、「生まれつきのたち」で

 

納得いきました。

 

私、頭が悪いのですみません(笑)

 

 

 

 

負けず嫌い、

 

人見知り、

 

社交的、

 

寡黙など

 

たくさんの子供たちを見ていると

 

それぞれ違うなーと思う所はあります。

 

そんな子供たちへ何かを教える際は、

 

それぞれの子供の性格を見極める事が

 

凄く重要だと思います。

 

当然ですが

 

性格がそれぞれ違う子供たちへ

 

判を押したような教え方

 

出来ないです。

 

だからこそ、

 

「子育てにマニュアルはない」

 

と言われているのでしょうか。

 

しかし、

 

現実どうでしょうか?

 

子育てにマニュアルはないと

 

言われながらも

 

育児書を読んで子育てをしている

 

お母さんは多いと思います。

 

育児書には、年齢に応じて

 

アドバイスが書かれていますが、

 

子供によっては

 

当てはまらない事もあります。

 

それは、当然です。

 

子供はみんなそれぞれ違うのだから

 

成長具合も違います。

 

だからこそ他の子供と比較して

 

一喜一憂しても答えは見つかりません。

 

「子育てに正解はない。」

 

これも良く言われる言葉ですね。

 

だからこそ色々な事を試して

 

子供の様子を見ながら

 

育てる事が必要になるのでしょうか。

 

子供の様子を見ながら

 

この子供には、

 

この言葉を使って教えよう。

 

あちらの子供には、

 

さっきと違う言葉でを教えよう。

 

「子供」という

 

一枠の概念で教えるのでなく

 

「それぞれの子供」に合わせた

 

教え方が必要だと思います。

 

そうなると

 

1人で30人、40人を相手にする

 

小学校の先生は大変な仕事だと

 

思います。

 

それぞれ性格の違う子供たちを

 

まとめながらも、

 

個性を尊重しながら

 

様々な教科を教える。

 

頭の悪い私には

 

到底出来ない仕事です。

 

 

しかし、

 

先生にも良し悪しがあるなと

 

私が小学生の頃に思っていました。

 

「この先生は、

 

 自分の事しか考えていないな」

 

 

「あの先生は、

 

 子供一人一人を考えてくれるな」

 

 

「この先生は、

 

 怖いけど間違った事は教えていないな」

 

 

「あの先生は、

 

 教科書に書いてある事しか教えないな」

 

 

「この先生は、

 

 将来役立つことを教えてくれるな」

 

 

 

今、思えばそんな事を

 

小学生で感じるなんて・・・

 

と思いますが、

 

同じ様に周りの状況を敏感に

 

感じて考えているのは

 

私に限った事ではないと思います。

 

子供は周りの変化を

 

とても感じやすいですし

 

吸収しやすいです。

 

だからこそ

 

教える側の責任は重く大きいのです。

 

3歳の娘を持つ親として、

 

約50名の生徒を持つ指導者としての責任を

 

私は、最近

 

とても強く感じるようになりました。

 

というのも

 

言葉のかけ方次第で子供は

 

良くも悪くも変わることに気付いたからです。

 

その影響は、体の扱い方にも表れますし

 

人間性にも表れます。

 

なぜ、

 

そのような事が言えるのかというと

 

子供の頃に影響を受けたものが

 

大人になった時に役に立ったという事が

 

意外とあるからです。

 

私でいえば、

 

小学生の頃に空手を習っていました。

 

先生から、正拳突きは腰で打つのだと

 

教わりました。

 

子供の頃は意味がまったく分かりませんでした。

 

手で突いているのに、

 

腰で打つってどういう事だ?

 

そんな事が頭にずーっと残っていました。

 

それから25年後・・・

 

やっと意味が分かりました。 

 

それは、

 

私が子供たちへ教えている

 

「背中を使って走る」

 

「おしりと背中でジャンプする」

 

「おしりでボールを投げる」

 

と同じだったんだと。

 

今は、空手の先生と話が出来たら

 

すごく盛り上がりそうです。

 

体の仕組みを理解している人から

 

体の扱い方を習う事は、

 

生涯の財産になります。

 

私は、空手の先生から教えてもらった事が

 

財産になっていますし、

 

今の仕事にとても役に立っています。

 

これ以外にもこんな事もありました。

 

私はサッカーも習っていました。

 

小学4年生の時に教わっていた監督からは

 

ボールを奪う時は、おしりを使え!と

 

教わりました。

 

足を使ってボールを操るのが

 

サッカーですが監督は

 

足先の技術を教えるのではなく

 

人間の体の仕組みを理解して

 

体を扱う上で最も大切なことを

 

教えてくれていたのだなと思っています。

 

今、サッカーの監督と話が出来たら

 

とても深い話が出来るなーと思っています。

 

このように、

 

私が幼い頃に大人たちから習ったことは

 

25年後にとても役に立っています。

 

それを教えてくれた空手の先生や

 

サッカーの監督に心から感謝しています。 

「三つ子の魂百まで」の用い方としては

 

誤った用い方になりますが、

 

幼い頃に習った事は、

 

生涯役に立つと思います。

 

もちろん、

 

習う側の意識と

 

教える側の意識が一致した時に

 

言える事ですので、

 

ただ単にたくさんの習い事を

 

すれば良いかと言うと

 

それは違う気がします。

 

私が思うに

 

習い事で得られる財産とは、

 

その時にかけられる「言葉」だと思っています。

 

「言葉」を大切にしている指導者と

 

「言葉」の意味を考えようとする生徒が

 

出会ったときに初めて財産が生まれます。

 

つまり、

 

習い事で得られる財産は

 

指導者の言葉のかけ方で変わりますし、

 

生徒の言葉の受け取り方でも変わります。

 

 

それだけ、言葉は大切なものだと思います。

 

 

幼い頃の性格は、年をとっても変わらない

 

 

それでも、

 

言葉の受け取り方次第で考え方は

 

良い様にも悪い様にも変わっていきます。

 

考え方が変わると行動も変わります。

 

行動が変わると、周りの環境が変わります。

 

周りの環境が変わると、得られる物も変わります。

 

得られる物が変わると、人生が変わります。

 

ですので、

 

 

「三つ子の魂百まで」ということわざに

 

縛られて諦めることだけはやめましょう。

 

大人も子供も同じです。

 

意識一つ変えるだけで、

 

良い方向へいくか、悪い方向へいくか

 

変わります。

 

私は、良い方へ変えていきたいと

 

思っているので

 

子供たちへどのような言葉かけを

 

したら良いのか

 

常日頃から考えています。

 

頭の悪い指導者ですが

 

子供たちと一緒に財産を作れるように

 

今後も頑張っていきます。

 

こんな指導者へ子供を任せたいと

 

思われた方は、ぜひご連絡下さい。

 

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